Ⅲ 盤外こそわが戦場A(2)

Pピリ将FINAL

 

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「3姉妹ピリ駒ちゃん」(制作:びわのたねさん)

 

 

Ⅲ 盤外こそわが戦場A(2)

 大ホールを何回か、貸し切りにしたことがあります。

 これは、やったことのない人には多分、ピンと来ない話。もちろん、他人のお金で貸し切ったことのある連中の話とも違う話になります。

 ポケットマネーで、云十万という額を支払い、有名な歌手などがライブしたりする大きな会場を借りる。

 念のために言っておくと、私はいわゆるお金持ちなどではありません。そんな私がそういうことをしてみると、一生分の学びや気づきが得られた、というのが結論です。

 お金というものは、使い途がすべて。特に大きな金額は、同じお金でも、小さな金額とは全くの別物で、良い使い方をすれば、途方もなく大きなリターンが得られる。こういうことを知っただけでも、もうけもの。

 さて、いったい何の目的で、この会場を押さえたか。端的にいえば、子どもたちのため。大きなステージで一度でよいから練習したいという子どもたちのために、いわば奨学金のつもりで、これだけの太っ腹な「買い物」をしたのでした。

 いわば主催者、パトロンですから、理想の教育を展開することができます。私が教えたかったこと。それは、ステージには裏があるということです。

 子どもたちには、きれいな表だけを見せようとする大人のほうが多数派だろうと思うんです。が、私はその対極に立つ。汚いものを見せようとは思いませんが、大ホールを貸し切ると具体的にいくらかかるのか、楽屋はどうなっていて、裏方はどんな仕事をしているのかという生きた経験をしてほしいと考えて、大きな会場を貸し切りにしたのです。

 「はじめに感動ありき。」しかし、その肝心要の「感動」が間違っていたら、一生を左右する大問題になります。ステージできらびやかに活躍するアイドルや歌手や俳優は、実は小さな点でしかなく、観客、さらには目に見えない黒衣、スタッフ、さらにはホールの外側にある行政や市民の姿を一覧する。そのように「二者択一」ではない全貌を与えることこそが、私の教育哲学の根幹です。

 自腹で払うとは、タクシーのメーターのようなもの。他人の出資で手に入れたタクシーチケットだと、メーターがいくら上がろうが気になりません。しかし、自分で負担するとなると、メーターが上がるたびにドキドキする。

  あれよりもスケールが大きいから、私は1円たりとも無駄にしないし、させない。骨の髄までしゃぶり尽くさせます。

 参加者には、事前の打ち合わせから同席させて、金額から交渉のプロセスまで、すべてをオープンに。当日はもちろん、全員、開館前に集合。開館前からできることはすべて準備万端整えた上での小屋入りです。

 もちろん、ホールの隅からすみまで見学し、ありとあらゆる設備や道具を使い倒す。お客様ではありえず、ありとあらゆることを全部、自分たちの力で用意します。照明の設営、音楽なら楽器を運び、譜面台を用意させる。演劇なら大道具を搬出入させます。舞台袖のインカムや音響照明卓の操作から、お客様の接待、客席の後片付けまで、何からなにまで、一通り、体験していただきます。

 主役には、2種類がいます。1つは、学芸会の主役タイプ。ただ目立って、自己満足して、おしまい。もう1つは、座長タイプ。すべての仲間を幸福にしようとするタイプ。私が目指すのは、後者を育てること。いうなれば、自己中心主義の矯正、です。

 ちなみに、座長タイプは、舞台で緊張しません。どうしてか。舞台を味方につけることができるから。舞台と仲良くなっているから、緊張といっても、それは責任感であって、学芸会タイプのキャーキャー言われたいという虚栄心とは似て非なるものです。

 将棋のプロ棋士がステキだなと心から思うのは、手作りでイベントを実施してくださるところ。これは他の業界に比べて、本当にすばらしいことだと称賛します。

 プロになってから、社会勉強をしていく。

 ただし、これをぜひ、幼いころから全ての棋士の卵にやらせていただきたいと願います。実際、幼いころから道場のお手伝いをやっていたという方もいらっしゃいますが、そういうことは必須だと思うのです。

 奨励会で苦労して、記録など、裏方の仕事もおやりになるわけですが、将棋界全体がどのようになっているのか、そしてプロになるならないを問わず、社会というものがどのように回っているのかを早いうちから知る機会を与えてほしい。新聞社などは、そのような支援も行っては、いかがか。

 これは将棋の世界だけでなく、すべての世界に言えることです。一般的に専門家というものは、視野が狭くなりがち。盤上にのめり込むあまり、盤外の大局観が失われやすくなっています。最近の若い人はみんなそうだし、そういう教育をされたことがない大人も多数派は近視眼的な利己主義者、自己中心主義者ばかり。

 プロであれ、アマであれ、盤上に没頭してばかりではダメで、もっと大きく、広く、盤外まではみ出す視野と展望を持ち、そのついでに将棋も少しずつ強くなっていく「戦略」を思い描く必要があるのではないでしょうか? 

 言い換えれば、自分自身の専門を将棋に生かすという発想でいくことが、実は強くなる最短ルートだということです。